2021年9月30日木曜日

2021年10月1日より通常通りの営業体制に戻します

コワーキングスペース茅場町 Co-Edo は、2021年9月30日に緊急事態宣言が解除されること、および最近の感染状況やワクチン接種率等を踏まえ、2021年10月1日(金)より通常の営業体制に戻すことにいたしました。

コワーキングスペース茅場町 Co-Edo

  • 受付票より「連絡先」の記入欄を(従来どおり)なくします
    • 氏名・入室時刻のみご記入ください
  • 回数券の使用期限の延長を 2021年12月31日迄 とします
    • 以降は従来の 購入日より90日間 となります
  • イベント利用も通常通りご利用いただけるようになります

セミナールーム茅場町 Co-Edo 3F 貸会議室

  • 営業時間を24時間に戻します
  • イベント利用の場合の人数制限もなくします

引き続き実施する施策

  • 各階トイレおよび受付・会議テーブル等へのアルコール設置
  • 換気
  • 清掃時の消毒等
また、これまで同様に会話時・オンライン会議時を始めとしてマスク着用が有効と思われる場合は、飛沫感染の予防にご協力いただけますようお願いいたします。

Co-Edoは引き続き「コワーキングスペースにおける新型コロナウイルス感染症感染拡大予防ガイドライン」を遵守のうえ、利用者・スタッフともに安心・安全な環境で過ごすことができるよう努めてまいります。
お気づきの点がありましたら、運営代表者の田中弘治までお知らせいただけると助かります。

2021年9月30日

2021年9月21日火曜日

「価値観の違う人と話すことこそが『楽しみ』である」

こんにちは!スタッフのゆづきです。

先日、Co-EdoのブログでNVCについて妹と話したエピソードを共有させていただきました。
その時に、
「すべての価値観に良い悪いはなく、より多くの価値観に触れたい、価値観の違う人、考え方の違う人と話すことこそが楽しみである」そんな風に人との関わりをとらえていた私にとって、NVCという方法は私の考えをロジカルに体系化してくれた、わかりやすく示してくれたものだったのです。
と、しれっと書きましたが、今回はこれについて掘り下げて考えてみようと思います。
何故価値観の違いを認め、それを楽しめるようになったのか。それは、“正しさ”という価値基準が本質的には存在しないということに気付いたからでした。ざっくりいうと中学の3年間でこれに気付きはじめ、高校3年間で実感した、という感じです。

恋愛の話で考えた“正しい”恋

普通の女子中高生だった私は、ほぼ毎日恋バナばかりしていました。誰と誰が付き合ったとか、誰が浮気したとか、誰のことが好きだとか。普通の恋バナをしていると、大体意見が食い違う場面に遭遇します。「いや、その人はやめといた方がいいよ。」何度もでてきたこの台詞。言ったことも言われたこともあります。笑 やめた方が良い、別れた方が良い、という言葉は基本的にはその先に失恋が見えるから出てくるものではないでしょうか。でも、友達に言われたくらいでは嫌いにはならないので、そのまま続行して失恋します。私も過去に、止められた相手と恋愛関係になって傷ついたこと、ありました。しかし、時が経てばそれは全て経験になります。その時は大泣きしたけれど、今ではその時失恋しておいてよかったと心から思うのです。これは友達を見ていても実感しました。今失恋しても後々それは経験値になるけれど、ここで自分の心を無視した選択を取ったら長く後悔することになる。恋愛においての選択の基準は、常に自分の中にしかないのです。

高校受験で考えた“正しい”人生

まったく同じ問題が、中学3年生の進路選択の時期にやってきました。私は結果として音楽高校に進学したのですが、これが本当に周りを困らせました。それまで、音楽科の進学も考えてはいましたが現実味はなく、普通科を受験する予定でいたのに、3年生の夏になって急に音楽科に進学したいと言い出したので、先生も親もびっくりです。周りには反対意見の方が多かったこともあり、自分の生き方についても中学生なりにすごく考えました。私にとっての幸せ何か。その結果、やはり今ここでやりたいことをやらなかったら死ぬまで後悔するという結論に。結局、私のわがままを通し、音楽高校を受験しました。結果として合格することができ、そのまま音楽を勉強し続けている現在ですが、この時の私の『音楽科を受験する』という選択が正しかったかどうかは、私が死ぬときまで分かりません。逆に、死ぬときに後悔しなければ、少なくとも私の中では間違いではありません。友達の受験とその後の高校生活をみていても同じことを思いました。第一志望の高校には進学できなかった友達も、その後の高校生活は彼女にとって確実に意味のあるもので、そこでしかできない経験をしているというのは紛れもない事実です。突き詰めて考えていくと、物事を選択するときにそれが正しいかどうかという基準は存在しないと思うようになりました。受験に落ちたか受かったで人生の幸せが決まるわけではありません。人生どうなるか分からないから、今の自分と向き合い、後悔のない選択をすることしかできないと高校受験を通して実感しました。




“正しさ”からの解放

これらの経験から、物事を選択するとき、人生において本質的な“正しさ”は無いと考えるようになりました。もちろん、道徳的な正しさ、資本主義社会における正しさの基準は存在します。しかし、この“正しさ”という信念だけを判断基準にして物事を捉えると、私は生きるのが苦しくなってきます。何故なら、その“正しさ”以外は“悪”ということで受け付けられないからです。中学生の私は正義という言葉に囚われて人の考え方をまったく受け入れられず自分の“正しさ”の基準を自分と周りに押し付けることしかできませんでした。正義に囚われていた時代を思い返すと、しんどかった。。。自分の中に正しくない感情が芽生えたときは、それを認めずに噛み殺すかそんな自分を責めます。自分の正しさの基準に反した人に出会えば説得しようと攻撃し、納得いかずにイライラするだけです。この、“正義”という呪いから解放されるには自分ときちんと向き合うことがまず大切なことだと、恋バナをしたり、受験を経験したりする中で考えるようになりました。自分と向き合うことが、NVC的には『観察』して『感情』を認めることなのだと思っています。

正しさを手放したらコミュニケーションが楽しくなった

本質的な“正しさ”が無いと考えると、人の考えや選択とぶつかることが無くなりました。「その選択は間違っている」と考えないので、自分とは違った価値観を、心から認められるようになったのです。心から認められれば、価値観の違いが苦ではなくなるので、人と価値観の交流ができるようになりました。こうして価値観の交流を繰り返していくうちに、自分がアップデートされ、内面が豊かになっていきます。こう考えると、価値観の違う人との交流こそが、私にとってコミュニケーションの面白さになりました。

コミュニケーションを楽しむこと

価値観の違いが苦ではなくなり、その先に面白み感じてから、私は人とのコミュニケーションが楽しくなりました。人と関わって交流することが、衝突する可能性もある少し不安なことから、ただ共感の楽しみや気づき、学びの場でしかなくなったのです。Co-Edoのようなたくさんのコミュニティがあり、さまざまな価値観が存在する場所に関わることも、“正しさ”を手放すことでより楽しく感じられるのではないかと、Co-Edoと関わって、また実感しました。何か新しいコミュニティに参加するとき、新しく人との関わりを持つときにある不安のようなものが、“正しさ”を一度手放してみることで少し楽になるかもしれません!

2021年9月14日火曜日

小学5年生と何故か深夜にNVCプチ座談会

こんにちは!スタッフのゆづきです。

突然ですが皆さん『NVC』という言葉、聞いたことありますか?
NVC(Nonviolent Communication)とは、心理学者マーシャル・ローゼンバーグにより体系づけられたコミュニケーション方法のことです。直訳すると「非暴力コミュニケーション」

『観察』『感情』『ニーズ』『リクエスト』という4つの要素を意識しながら

① 4つの要素を、率直に表現すること(伝えること)
② 4つの要素を、共感をもって受けとめること(聴くこと・感じること)

によって、お互いにの『ニーズ』を満たしてより良いコミュニケーションを図ります。興味を持った方はぜひ、こちらの記事を読んでみてください。生きるのがちょっと楽になるかもしれません!

さて、私とNVCとの出会いはここ、Co-Edoでした。Co-Edoに来たのも、オーナーのこうじさんとお話しするのも初めての機会であったアルバイトの面接の中で、NVCの話題になったのです。初めは半信半疑で聞いていた私ですが、話が進むにつれてだんだん自分の考えにコミットする感覚がありました。その日からNVCについて興味をもって考え始め、現在も理解を深めている最中です。
「すべての価値観に良い悪いはなく、より多くの価値観に触れたい、価値観の違う人、考え方の違う人と話すことこそが楽しみである」そんな風に人との関わりをとらえていた私にとって、NVCという方法は私の考えをロジカルに体系化してくれた、わかりやすく示してくれたものだったのです。

小学生



ひととおりNVCについて説明してみる

その中で、私の小学5年生の妹とNVCについて共有する機会がありました。きっかけは23時に始まった父と母の夫婦喧嘩です。笑 らちが明かないその喧嘩の様子を見て、ふと家族とNVCを共有してみようと思い立ちました。「ちょっと意地悪かな~笑」と思いつつ、喧嘩中に家族のグループメッセージに NVCについての記事を送ってみると、意外にも一番興味を示したのは小学5年生の妹でした!そのまま、NVCって何?ということで、私が解説しながら小学5年生と一緒に考えることに。

まず、NVCの構造や起こりなど、基本的なことを説明します。妹ちゃんの最初の感想は、「あぁ~、とはなるけど感想って言われても、、、そもそもニーズってどういう意味?」とのこと。当たり前です。私も最初に聞いたときは似たような感覚でしたし、『非暴力』ってなんだか言葉が強いし。その感覚のままで次に移ります。

2つ目に、NVC的なものとそうでないもの(キリンとジャッカル)の説明です。人は、同じことをお願いするのにも(同じニーズを満たすのにも)、相手もしくは自分の感情やニーズを無視した暴力的な表現=ジャッカルな表現をしがち。逆に、暴力的ではない表現=キリンの言葉を使うことでお互いのニーズを満たせる。ここまで、例を挙げて説明すると、妹ちゃんから「時々ママが言うこれってジャッカル?」「じゃあの時先生が言ってたあれってジャッカルだ!」と妹ちゃんの実生活と絡めて想像してくれるようになりました。

3つ目に、『観察』『感情』『ニーズ』『リクエスト』とはそれぞれどういうことなのか、具体例をいくつか挙げて一緒に検証しました。例えば、
「たまにママは妹ちゃんに片付けなさい!って怒るよね。これってどんな感情でどんなニーズがあるんだろう。逆に、いくら怒られても妹ちゃんは全然片付けないときもある。その時ゲームしていたり、学校から帰ってすぐだったりして。なんで怒られて言うこと聞かないんだろうね、その時妹ちゃんはどんな気持ちで、どんなニーズがあるのかな?」
4要素を分解してゆっくり言語化しました。しかし、いくつか繰り返しているうちに言語化しにくい感情があることに気が付きます。ここで彼女にNVCにおける【感情とニーズのリスト】を紹介します。興味深そうにニーズの表をよく見る妹。そこからどんどん彼女の実生活から例題を引っ張ってきてさらに検証を繰り返し、観察して感情とニーズを分析、キリンの言葉でお願いするまでサクッとできるように。

最後に、『相手のメッセージを、共感をもって受け止める』ことについて説明します。ここまでくるともうこちらが説明するまでもないほど、NVC的な捉え方が妹に馴染んでいました。 

NVCの受け止め方がポップでかわいかった!

ひととおり妹に説明してみて面白かったのが、NVCを彼女なりにポップに受け止めていたこと。話の途中で、妹から「小学校とNVCってもしかして相性悪い?」「友達をほめるのもダメなの?」「林先生の『今でしょ!』ってもしかしてジャッカルじゃない!?」といろいろな疑問が飛んできました。小学生なりのかわいい視点が面白い!
加えて、説明してみると意外とすんなりと理解してもらえたことが意外でした。NVCという新しい価値観、考え方に出会って、NVCを理解したうえで面白い、皆とNVCについて話したいと言ってくれたことが嬉しかったです。
まだ彼女はこの考え方に出会ったばかり。紹介の仕方として、私はNVCとは良いものだから使ってほしいとはあえて伝えませんでした。私と妹はあくまでNVC初心者という同じ立場で、意見交換をしただけ。そんな風に価値観をラフに共有して、ラフに取り入れられると人生はより豊かになるのかもしれないな~と、小5の妹に学んだ夏の夜中でした。